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「アウシュビッツを訪ねて チェコ・ポーランド旅行記」

今回の旅の目的は、ポーランドにある世界遺産「アウシュヴィッツ・ビルケナウ−ナチス・ドイツの強制・絶滅収容所」を訪ねることにある。人類が犯した最大の負の遺産である。チェコ入国後プラハからアウシュビッツに近いポーランドの都市クラクフまで列車の旅を計画した。私と新進気鋭の浄土真宗若手僧侶2人の男3人の旅となった。

 

10月25日木曜日 大阪雨 プラハ曇り

前泊は関西国際空港内にある日航ホテル。今朝は、さすがに早く目が覚める。荷物の確認をして、いざルフトハンザのカウンターがある北ウイングフロアに一人で向う。ホテルを出てJRの改札口を通って北ウイングまではほんの5分ぐらい。一緒に行くことになったD君とF君二人もほどなくしてやってきた。

早めにチェックインをすましてゆっくりしょうということに。まだカウンター前には人はそれほどいないのですんなり行けそうなのだが、カウンターのおねえさんに「残念ながら本日は隣同士ではできません」と言われる。「三人とも窓側の席になっています」。窓側なのは自分としてはうれしいけれども、12時間以上のフライト。トイレに立たないといけないし、水分を控えるわけにもいかない。「一体いつの時点だったら座席の確保はできたのか」などと質問を繰り返していると、「大丈夫です。隣同士の席が確保できました」という答えが返ってきた。座席の指定は、直接ネットでも旅行代理店を通しての場合でも申し込みの時点でできる、ということだった。

ちなみに今回のチケットは、ルフトハンザの正規PEX航空券(プラハIN、クラクフOUT)120,000円也(燃料サーチャージ代等別)。無事チェックインを済ませたので、軽く朝食をとる。最後の日本食となるので鮭の和定食を注文。今日のフライトは出発が30分ほど遅れ、10時20分に出発するとのこと。出国手続きもスムーズに終え、するっと出国。行きはスタバのカフェミストと雑誌を片手にほとんどその辺に行くのと変わらない感じだ。出発ロビーはモノレールで数十秒先に行ったところにある。ロビーの先に見えるのが、本日の機材エアバスA340−600だ。4発のエンジンをもつロング&ビッグな機体。外は、雨が降り始めている。

さあ搭乗手続き開始。明るくて清潔な空間と機能的な感じの座席。残念ながら座席の前のモニターは付いてないようだ。見た感じよりも座ると非常にタイトに思えるが、エコノミーなのでその辺りはしょうがない。いったい12時間のフライトがどういうものなのか全く想像はつかないが、乗った以上はどうにかなるだろう。初のヨーロッパなのに意外と気分は落ち着いている。実際はこういうものかもしれない。よくよく考えてみると、このフランクフルト行きのルフトハンザ機に実際に乗れただけでも相当な感慨がある。

今回の旅はそうとうに意気込んでいた。職場を二つ抱える私にとって長期の休暇を取るということ、それ自体がとてつもない覚悟がいることだった。うちの寺の住職には代わりはおらず、何かあれば即座に旅は中止となる。保育園においても年休だけでなく運動会の代休やら指定休を使って休みを広げた。また家には2歳に満たない子どもや妻がいる。行く場所はヨーロッパとはいえまだまだ辺境の東欧ときている。しかもツアーではなく個人旅行だ。それに加えて、なんといっても私が旅慣れていない。というより個人で行く海外旅行そのものが初めてのことなのだ。しかしここで行けなければ永遠に行く機会が失われてしまう。10月25日には男一人日本を発って絶対に行くのだ、と決意をしたのが7月のことだった。心強いことにたまたま勉強会で前の席にいたD君に声をかけたところなんと同行してくれることになった。このことは決意をさらに強固なものとし、同行者ができたことで家族も安心して送り出してくれることになったのだ。40を目前にした男がザックをからって東欧を旅する。これが今日現実のものとなったのだ

乗って2時間ぐらいはあっという間だ。飛行機は、ソウルから北京上空、さらにウランバートルからモスクワに向かう。

機内は昼食の時間となる。昼食はいきなりヨーロッパみたいな(まだ行ってもないですが)食事になっている。が、夕食は後方の座席のため既に選択の余地が残されておらず「鰻丼」。外国人だったらこれは辛いだろうという気がする。途中からおそらくドイツ人の一行がやたら騒ぎ出す。エコノミー症候群防止のため、外国人は通路でよくストレッチなどをやっている。そんな中で日本人はじっと堪え忍んでいるイメージがある。

入国カードがいっこうに配られないので、日本人の客室乗務員に聞いてみる。「入国カードをもらってないのですが?」「ヨーロッパは入国カードは要りません」とのこと。これは意外だった。こうしたちょっとしたことも経験してみないと分からないものだ。勿論査証(観光ビザ)も不要だし、実際にチェコでもドイツでも入国はきわめて簡単のように思われた。

だんだんヨーロッパに近づいてくるが、到着時間が大幅に遅れているようだ。飛行機がだいぶ高度を下げてきた。すると眼下に広がるドイツの森とヨーロッパ然とした町並みが目に入ってくる。とうとうヨーロッパに来たのだ。

到着時刻を遙か40分ほど過ぎた15時50分に空港へ。諦めながら空港内に入ると日本人の案内の方がおられたので、チケットを見せ間に合うかお尋ねをしたところ、「間に合いませんので、次の便へのチケットの交換を先のカウンターでして下さい」といわれる。しかたなくそのカウンターの場所を先のほうで外国人係員に尋ねると「Hurry Up!! Run!!!」と叫ばれる。そこから3人で猛ダッシュ。どこまでいってもなかなか着かない、着かないどころか、前にあるのは強固そうなセキュリティチェックではないか。しかも4人ほど並んでいるし。もうだめかと思われたが、D君の英語でなんとか前に並ばせていただいて通過して、さら走る!!走る!!もうどこを通ってきたか分からないぐらいに走ってなんとか機内に乗り込んだ。ぎりぎりの16時10分。

フランクフルト発プラハ行きのルフトハンザ機は、ボーイング747−300。機内はぐっとタイトになるが、座席は皮のような感じで座席幅もゆったりとしている。リッチできわめて快適だ。12時間のあとの1時間など屁みたいなものだ。関西をたって14時間ほど。やっと来ました憧れのプラハ。荷物が出てくるまでに日本円をチェコの通貨であるチェココルナKčに両替する。レートは1チェココルナ=6円ほど(2007年10月)しかしここで最大のトラブルに直面することになる。

待てども待てども荷物が来ないではないか。とうとう残されたのは我々を含め数人だけ。これがかの有名なロスト・バッゲージですか。さあどうしよう。こないのは仕方がないので、ロスト・バッゲージの窓口(?)に行き、バッゲージの種類や色、ホテルの名前や電話番号、パスポートを提示し氏名や日本の住所などを告げる。到着したらホテルまで届けるとのこと。無かったら無かったでいいかと諦めて空港の外に出る。機内持ち込み手荷物には1日に過ごせる分を持つこと。外はもう夕暮れだ。

プラハ空港のタクシーはぼったくりで有名らしいが、F君のネットからの情報ではラジオタクシーがいいとのこと。だいたいの金額を聞き(400コルナほど)、黄色いラジオタクシーに乗り込みいざプラハ中心街へ。途中で無口な運転手が思い出したように「バッゲージは??」。「バッゲージ イズ ロスト ハハハ」笑いながら答えた。

空港は町から離れたところにあるが、町が近づくにつれ、美しい紅葉(紅ではなく実際は黄色)と石畳、そして赤いトラム(路面電車)が目に入ってくる。プラハだ。

今夜の泊まりは「ベラッジオ」という旧市街にある四つ星の高級ホテル(★★★★)。その名の通りイタリアチックな美しい内装のこじんまりとしたホテルだ。ロビーにはソファーなど美しい家具が数点置いてあるだけ。ひじょうにおしゃれ。チェックインでは代理店からの宿泊確認書とパスポートを提示する。さらにクレジットカードを提示する必要があった。これは信用を求めるためか。鍵を渡される。私は101号室。この奥だといわれるがそこには101号室は見あたらない。実はヨーロッパの1階は、日本の2階のことだった。階段を一階上がったところに確かに101号室があった。部屋の広さに比べて天井がとてもたかい。外の窓はサッシではなくクラシックな木枠で二重になっている。意外にベッドは狭く感じた。もう日本時間は深夜なので眠気が。そのまま横になって寝てしまっていた。意識の彼方から電話の呼び鈴が鳴っている。取らなければと思い、なんとか起き上がり電話を取ると、ホテルのロビーからだ。ロストバッゲージした荷物が届いたようだ。行ってみると無事に到着している。よかった一安心だ。ただ今の時間10時30分。また寝る。

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text by Tsunenori Ito.